“首相ビデオ”は「反日的」? 会田誠さんが「ネトウヨは、僕にとって出来の悪い後輩」と語る理由

訪ねたのは、高崎線・尾久駅から徒歩1分のところにある会田誠さんのアトリエ。
先日の台風で破損してしまった千葉のアトリエ兼プレハブ小屋から急いで持ち帰ったという『ミュータント花子』などの過去の作品が散らばるその場所でのインタビューは1時間半に及んだ。

日本とオーストリアの国交150周年記念事業のひとつとしてウィーンで開催された展覧会「Japan Unlimited」。9月24日からはじまった同展だが、10月末になって日本大使館が「公認取り消し」したことで大きなニュースになった。

総理大臣をモチーフにした会田誠さんの通称“首相ビデオ”や、福島第一原発事故をテーマにしたChim↑Pomの「堪え難き気合い百連発」に対してTwitterで「反日的だ」などの批判が相次いだことに端を発しての決定とみられる

文化庁が交付する予定だった補助金を全額不交付と決めた「あいちトリエンナーレ」に続いて、権力の“後出しジャンケン”ともいえるような状況が続いている。

日本の現代アートに今、何が起きているのか?

渦中のアーティストとなった会田誠さんに会いに行った。

*少女をモチーフにした作品などを含む、これまでの会田作品に通底する「現代アート観」、自身の両親や「日本」という国に対する思いは後編として掲載します。

今回の騒動で”炎上”したのは、2014年に制作された、自身が総理大臣に扮して演説を行う映像作品《The video of a man calling himself Japan’s Prime Minister making a speech at an international assembly》、通称「首相ビデオ」。SNSで「反日的」「首相を侮辱している」などの批判が寄せられた。会田さんは「ジレンマや重層性に主眼がある、独立した作品であることは明らか」などとして、Twitterでバッシングに応戦。作品のセリフの全文書き起こしも公開した。

「極端な切り取りには訂正が必要だと思った」

ーー自らの言葉で発信しようと思ったのはなぜですか?

どこから引っ張ってきたのか、作品を見た人がメモでもしたのかよく分かりませんが、「首相ビデオ」の長いセリフの中から、アジアの国々に謝るところだけを切り取った画像とともに「反日野郎だ」と言われ始めたんですよね。「あれは、安倍首相のものまねであり、侮辱している」と決めつけられました。

ちょっとややこしいんですが、そもそもの大前提として、成熟した民主主義国家であれば、パブリックな存在である政治家や総理大臣のことを、エンターテインメントであれ美術であれ、批判的にモチーフとして使ったりするのは自由なはずです。だからもしこれが安倍首相批判をテーマにしたビデオだったとしても問題はない。

とはいえ、事実としてそれは間違いなので、違うものは違うとはっきりさせておきたい。

僕の作品が嫌いなのは別にいいんですけどね。事実と違う、あるいはあまりに極端な切り取りは、訂正しなきゃと思いました。

会田誠が総理大臣に扮した映像作品 The video of a man calling himself Japan’s Prime Minister making a speech at an international assembly(2014)は、政治風刺をしているものだった。https://mizuma-art.co.jp/en/artists/aida-makoto/から引用

赤ペンのカタカナは「首相より僕が先」

ーーそもそも「首相ビデオ」はどういった経緯で作られた作品なのか、改めて教えてください。

ペロタンギャラリーというフランスの国際的なギャラリーの香港支店から、フランス人女性アーティストと二人展をという話をもらい、その展覧会用に作ったのがこの作品です。

香港といえば、アジアだけれども英語が公用語という特徴があるので、英語ネタを膨らませていこうかなと思ったあたりから始まりました。

そもそも、僕は全く英語ができなくて、自分の英語コンプレックスに関する作品シリーズがあるくらいなんです。(自分の英語コンプレックスに加えて)そこに、日本の歴代首相もだいたい英語のスピーチがうまくないので、その辺りをモチーフとしていった感じです。

ーーそれにしても似ていますね。安倍首相に似せようとはしていないということですか?

何もしていません。原稿を読むのに必要な黒縁メガネを用意したくらいです。

カンペの英語に赤ペンでカタカナのふりがなを書き込んだのも、そうしないと読めないから。「安倍首相が国連で演説した時に、赤ペンで書き込まれたメモを読んでいたのをパロディにしてバカにしている」などと言われましたが、あれをやったのは、安倍首相より僕の方が明らかに先です。

繰り返しになりますけど、アートを使って権力を批判してもいい。いいんだけど、僕は美術作品で現在の首相をバカにするというのはあまり興味がないですね。

リベラルなの、保守なの?

会田さんが公開した「首相ビデオ」のセリフ全文を読むと、その演説が訴える内容は「反日」どころか、むしろ過剰な「愛国」だ。グローバル化の脅威を感じ「鎖国」を呼びかける内容は、保守や右翼と親和性が高いようにも思える。<セリフ全文の書き起こしは記事の最後にあります>

ーーところで、会田さんはリベラルなのか保守なのかわからなくなります。一体どっちなんでしょうか。

日によって、局面によってもいろいろ違うんですけどね。僕は…、どう言いましょうか…。この質問、一回パスしていいですか。

ーーはい。今回「反日」との批判にかなり反論していましたが、これまでリベラルから批判されてきた作品も多いので聞きました。

この作品が「反日だ」という批判が出始めた頃、Twitterに「ネトウヨは俺にとって出来の悪い後輩だから」というようなことを書いたんです。挑発的な書き方でもあったから、ちゃんと伝わっていないかもしれないけど、実際、僕は高校から大学の半ばぐらいまで、ベタに三島由紀夫にハマり、小林秀雄に深くハマっていきました。特に小林に傾倒していたので右翼というより保守だ、と自覚していましたね。

美大(東京芸術大学)の飲み会でも、一人で「俺は保守主義だ」といって周りに絡んで、友だちを失ったという青春時代がありました。

首相ビデオで主人公が話している「ヨーロッパ近代の帝国主義は悪だったが、今それがグローバリズムという名前の悪に変わっている」というようなことは、割と本気で思っているところでもあるんですよ。

今でも自分のベースには保守的な部分があって、それが作品の端々にも出ていると思います。

インタビューに応じた会田誠さん

ーー 一方で、リベラルな“会田誠”もいるように見えます。

こうした(自分の中の)保守とリベラルのジレンマみたいなものは、30年以上前から今もずっと続いていて、むしろますます深くなっています。

あの頃は一美大生だったけれど、今は現代美術家で、活動の中心は日本とはいえ、グローバルな活動を平然としなければならない立場になった。自己矛盾みたいなものは、実はずっとあるんですよね。

こういうウジウジした複雑さを30年間持ち続けている男からすると、新参者のネトウヨなんて小僧にしか見えないわけで、「出来の悪い後輩」というのは心の底からの思い。なんなら「かわいい後輩」というニュアンスすら帯びているんです。

アートは「対話」を促すのか?

ーーそういう「後輩」たちからの批判に対して、ネット上で応答してきたわけですが、「対話」の手応えはありましたか?

ネトウヨと意思が通じたかというと…。Twitterのプロフィールに「縁なき衆生は度し難し」(「人の忠告を聞こうとしない者は救いようがない」の意)と書いてしまいましたが、結局はそういう始末です。

https://platform.twitter.com/widgets.js

彼らは僕のことをネガティブに話題にはするけど、こちらが何か書いても、そもそも読まない。コミュニケーションが成立しないんですよね。

お互い様なんでしょうが、人間というのは、固定してしまったモノの考え方や枠組みを変えるのは難しい。言葉を尽くせば、分かってくれる人もいるとは思いますが、無理なところは無理ですよね。これは右翼左翼だけじゃなく、あらゆる局面でそうじゃないでしょうか。 

ーーアートを通して「わかり合う」みたいなことは、難しいんでしょうか?

ネット時代においては、現代アート文化の「外側」にいる人たちも、受動的に作品に触れてしまう機会が溢れていますよね。そこには今言ったような、他人が何を言っても考えを変えない人たちもいるんだと思います。

ただ、こういう誤解が生じるのを避けられない状態を、僕は他のアーティストに比べると楽しんでいる気がします。

人間とか社会というのはクソミソ一緒というか、クソとミソのミックスだと思っている。玉石でもいいんですけど、玉だけとか、石だけというのは、全体ではないでしょう? 僕は“全体”が好きなんですよね。

僕だって立派な聖人では到底ないし、かといって極悪人とかでもないですしね。両方ある。

種類が増えてくるからいざこざが起こるわけで、あらゆることが1種類になればシンプルなんでしょうけど、それはミックスの宿命だということで。

僕はやっぱり異なるものがランダムに隣り合ったりしているのが好きだから。炎上してもどこかで、楽しんじゃっている部分もあるんだろうな。

インタビュー後編はこちら。 

 

*ハフポストでは、会田誠さんの許可を得て、通称“首相ビデオ”の書き起こし全文を以下に掲載いたします。

会田誠/AIDA Makoto

The video of a man calling himself Japan’s Prime Minister

making a speech at an international assembly

(国際会議で演説をする日本の総理大臣と名乗る男のビデオ)

2014

日本の総理大臣を名乗る男が、大きな国際会議で演説する。実在の首相を連想させるが、あくまでも架空の首相である。

世界平和のため、江戸時代の日本の外交システム「鎖国」を復活させ、今すぐ世界中のすべての国で実行するようにと訴える。もちろんあまりに荒唐無稽すぎて実行不可能な要求であるが、この男は本気で訴えている。グローバリズムこそ悪の元凶だとこの男は考えている。

この男は英語が非常に不得意だが、仕方なく英語のスピーチ原稿を読んでいる。その状況自体にも怒っていて、最後には日本語を口走ってしまう。

このビデオ作品を鑑賞する者は、このスピーチをしている男に対して「正と誤」「正義と悪」などに関する統一した印象を持てず、混乱した印象を持つだろう。

 

Good afternoon.I am the Prime Minister of Japan.Today, at this international assembly, and as representative of the Japanese people, I intend to speak about a subject of grave importance.

(みなさん、こんにちは。私は日本の総理大臣であります。私は今日、この国際会議において、日本人を代表し、極めて重要な話をするつもりです。)

 

Allow me first to go straight to the heart of the matter. I call on everyone, all countries of the world at the same time – let us enforce sakoku!

(まず、単刀直入に申し上げます。みなさん、今すぐ、全世界同時に「鎖国」しましょう!)

 

Sakoku  of which I speak is the name for a diplomatic policy chosen by a shogun – ruler of the samurai in Japan’s Edo Period, which lasted over two and a half centuries from roughly four hundred years until one hundred and fifty years ago.

(「鎖国」とは、日本の江戸時代今から約400年前から約150年前の250年間ですがーー当時日本を支配していた侍の王ーー将軍ーーが選択した、外交政策の名前であります。)

 

Putting sakoku into practice is quite straightforward. It simply involves having no relations with other countries. That is all.

(その実践はごく単純なものです。他の国と関わらないーーただそれだけのことです。 )

 

To describe it in a little more detail, sakoku means not going to foreign countries, nor allowing foreigners to enter. It is not buying the goods of foreign countries nor selling goods to them. Further, it is not encountering people from foreign countries, and so having absolutely no communication with them – and therefore neither leaning from, nor teaching, people of foreign countries.

(もう少し具体的に言いますと、まず、よその国に行かない/よその国の人を入れない、ということです。また、よその国から物を買わない、よその国に物を売らない、ということ。そして、よその国の人同士で出会わないーーコミュニケーションがないということですからーーよその国の人から学ばない/よその国の人に教えない、ということにもなります。)

 

Sakoku is not particularly difficult to achieve as long as the principles I have described are observed.

(鎖国とは特別に難しいことではなく、以上のことを守ればいいだけなのです。)

 

It is my firm conviction that this policy is the wisdom native to Japan.I further believe, without a doubt, it is my sacred mission to revive this noble doctrine and to spread it throughout the world.

To such a purpose, I am glad to devote my tiny, insignificant life.

(私はこれを、日本が生んだ人類の叡智と固く信じております。そして、この尊い教えを復活させ、世界に広めることが、神に与えられた私の使命であると私は信じて疑いません。

そのためなら私のちっぽけな命など捧げても構いません!)

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Now today, our world is totally enveloped by an evil idea. It is because of this idea that peace can never reign on earth; that our world overflows with hate, conflict and sorrow; and that humanity is now facing the danger of extinction.

(さて…現実この地球はすっかり「悪の思想」に覆い尽くされています。そのため地上にはいつまでも平和が訪れず、憎しみと争いと悲しみが常に溢れています。そして今や、人類はそのために滅亡の危機に立たされています。)

 

The name of this evil idea hardly needs to be stated – it is  “globalism”.

(その「悪の思想」の名前とはーー言うまでもありませんーー「グローバリズム」であります。)

 

It is wrong to think “international exchange is excellent”, or “international exchange is important”. However – that is not all.

(「国際交流は素晴らしい」「国際交流は大切」という言葉は明らかに間違っています。けれどそれだけならまだマシなのです。)

 

The real problem is that such terms are the international whispers of the devil. It is because of these carefully-chosen sweet words that powerful countries can suck the blood of weaker countries. This is the true nature of “globalism”.

(問題は、それが「意図された悪魔のささやき」である点にあります。強い国が弱い国の生き血を吸うため、周到に用意された甘言ーーそれが「グローバリズム」という言葉の正体です。)

 

It is clear what happens when powerful countries encounter weaker ones: we need only to look back at history. Invasions, pillaging, murder, enslavement, rape – leading to a mixing of bloodlines, colonization, exploitation, assimilation policies, the destruction of traditional culture, religious conversion…. There are no limits to this evil.

(強い国と弱い国が出会ったらどうなるかーーそれは歴史を見れば歴然としています。強い国の弱い国に対する侵略、略奪、殺戮、奴隷化、強姦による混血、植民地化、搾取、同化政策、伝統文化の破壊、改宗……その「悪」は枚挙にいとまがありません。)

 

Then, in response to this evil, malice is born, leading to acts of revenge – and against that revenge, yet further revenges come until we only await the flames of hell to destroy humanity!

(そしてそのような悪に対しては怨念が生まれ、報復という行動が引き起こされます。その報復にはまた報復が行われ……と、その行きつく先には、人類を滅ぼす地獄の業火しか待っていません!)

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In Japan, after the age of the Samurai ended we ceased that excellent policy of sakoku, and we began the path towards modernism – that is to say, imperialism. That was the beginning of all our mistakes. It is that which I, as Japan’s Prime Minister, here and now entirely acknowledge.

(日本もサムライの世が終わり、あの素晴らしい鎖国をやめてから、近代化ーーすなわち帝国主義の道を歩み始めました。それがすべての間違いの始まりでした。そのことを、私は日本国の総理大臣として、今ここに、完全に認めます。)

 

We began imitating other powerful countries, we colonized those weaker nations surrounding us, and we began wars of aggression. There were a great many people whom we insulted, and we wounded – and we killed. For this, to the people of China, of Korea, and other Asian countries, I offer my sincere apology…. I am sorry!!!!

(強い国の真似をし、自分たちより弱い周りの国を植民地にしたり、侵略戦争をしかけたりしました。そして多くの人々を貶め、傷つけ、殺しました。中国のみなさん、韓国のみなさん、その他アジアの国々のみなさん、この通り謝罪いたします……ごめんなさい!!!!)

 

We never want to repeat such terrible folly. And we wish for the whole world, too, never to repeat it.

(我々はもう二度とあのような愚行は繰り返したくないのです。そして世界にもーー繰り返させたくないのです。)

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Today, the evil of which I speak perhaps cannot be plainly seen. It is not as obvious as when the Spanish overthrew the proudly prosperous Incan Empire in only a few years.Yet – it absolutely has not disappeared! It has changed name to a smooth-talking “global standard”, or a “New World Order”, and it continues to spread ever more insidiously, ever further, covering this entire world.

(確かに現在においては、繁栄を誇ったインカ帝国を数年のうちに滅ぼしたスペイン軍のような、露骨な「悪」は見えないかもしれません。しかし断じて無くなってはいません!それは「グローバル・スタンダード」や「新世界秩序」といった口当たりの良い名前に変えて、より陰湿に、より広範にこの地球を覆いつつあります。)

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Perhaps some will say – “It is already sufficient that we have the non-interventionism principle. Aren’t all nations already independent enough?”

(人々は言うかもしれませんーー「内政不干渉の原則があるからいいじゃないですか。国家はすでに十分に独立しているじゃないか」と。)

 

No.Not at all. As long as “people” and “things”, and above all, “information”, come into contact – that point in time is the beginning of all unequal power relationships.

(いいえ、違います。「人」と「物」、そして何よりも「情報」が往き来してしまったら、その時点で不平等な力関係は始まってしまうのです。)

 

Why? Because as those three elements go back and forth between nations, those in the weak countries will yield to those in the strong – and there will always emerge a betrayer who seeks only for his own gains. They are “the asses covered in lion’s skin”, so to speak. And when the paradox of “the powerful yet powerless cowardly ass” occurs in the asses’ country – Can you imagine what will happen then?

(なぜかというと、それら3種のものが行き交うと、弱い国の中に、強い国方に靡き、自分だけ得しようとする裏切り者が必ず現れるからです。いわゆる「ライオンの皮を被るロバ(虎の威を借る狐)」というやつです。「本当は実力のない卑怯なロバが力を持つ」という転倒が、ロバの国で起きるとどうなるか分かりますか?)

 

First will be the beginnings of chaos, and the start of internal strife. If the cowardly ass triumphs in that internal strife, the ass’s country will annihilate its own unique identity that it has preserved for hundreds of years. It will be degraded into dependence on the lion’s country. It is only the few, cowardly asses who have the last laugh.

(まずは混乱し、内紛が始まります。その内紛に卑怯なロバが勝てば、ロバの国が長年大切にしていた自分たちの固有性は消滅し、ライオンの国の属国に成り下がるでしょう。笑うのは一部の卑怯なロバだけです。)

 

On the other hand, if the cowardly ass is likely to lose – the ferocious lions will gang up and, crying out “This is oppression!”, will start to intimidate the frail ass’s country. And then the lions find a weak spot in the country – and the start to bite.

(一方、卑怯なロバが負けそうであれば、「弾圧だ!」とかなんとか言って、恐ろしいライオンたちが寄ってたかって、か弱いロバの国を恫喝し始めます。そしてライオンたちは隙を見つけてロバの国に噛みつき始めるでしょう。)

 

In either case, the lions get what they wished for. And just like this, the entire world is being stained with the colour of their intentions. Their methods may have become more ingenious, but in both their targets and their results, they have not changed from the Spanish army which overthrew the Incan Empire.

(どちらにしても、ライオンたちの思う壺です。こうして世界はライオンたちの思い通りの色に染まってゆきます。やり方が巧妙になっただけで、目的も結果も、インカ帝国を滅ぼしたスペイン軍から何の変化もありません。)

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Like today’s “Spanish army led by Pizarro the invader”, these lions say with smiling faces, “international exchange is vital”, “the world is all one”… The only way to fight against this terrible, guilefully-hidden violence is to completely cut all international contact between people, things and information. The only way is sakoku.

(現代における「侵略者ピサロ率いるスペイン軍」ーーすなわちライオンたちは、にこやかな表情で「国際交流は必要」「世界は一つ」と語ります。この計算高く隠された恐るべき暴力に抗うためには、「人」・「物」・「情報」の往き来を完全に断つことーーそう、鎖国しかないのです。)

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So, if there is really any humanism in the world – from now on let all the international airports, and all the large aircraft, be blasted into destruction. Even more important will be to disconnect the internet. In order to do this, it will be necessary to cut all submarine cables, and to shoot down all communication satellites.

(世界に本当にヒューマニズムがあるならば、今すぐ世界中の国際空港と大型旅客機を爆砕処理すべきです。さらに大切なことは、インターネットの回線をすべて切断するべきです。そのためには、すべての海底ケーブルの切断と、すべての通信衛星の撃墜が必要になるでしょう。) 

 

Is it really so difficult? So impossible? No. It is possible. It is easy – if we only have self-control! Through the power of our will we may achieve anything!

(そんなことは難しい?できっこない?いいえ、できます。簡単なことです。ーー我慢すればいいのです! すべては「意志の力」一つにかかっています!)

 

For example – I like chocolate, but once sakoku is adopted, I will no longer be able to eat it from tomorrow. But this is fine – as long as I have self-control! Through the  power of will, I can decide to forget the entire existence of chocolate. I will convince myself it was never on this earth. Then I will choose to eat the sweet boiled red beans of Japanese anko.

(例えば私はチョコレートが好きです。でも鎖国をしたら、明日からチョコレートは食べられなくなるでしょう。でもいいんです、我慢すれば!私は意志の力で、チョコレートの存在を忘れることにします。そんなものはもともと地球になかったことにします。そして小豆を甘く煮たものーーアンコだけを食べてゆくことにします。)

 

In fact, until a hundred years ago we all did so in Japan – so we cannot say it is impossible. We must stop chasing our desires with no limits. We must remember once again what it means to hold back, to be restrained.

(ほんの百年前まで我々はそうしてきたのだから、できないはずはないのです。もう欲望を無限に追求するのはやめましょう。再び「途中で我慢すること」を思い出すのです。) 

 

Ladies and gentlemen…

Is it not time for us to cease turning the eyes or curiosity upon others?

(みなさん…もう他者に好奇心の目を受けるのはやめようじゃありませんか。) 

 

Since we Japanese ceased that most excellent sakoku, the unique culture of ours during this isolationist period has become an amusing curiosity in Europe. In truth, this pleased us – yet in fact it was completely stupid. 

(我々はかつてあの素晴らしい鎖国をやめてしまったあと、その間に育んだ独自な文化がヨーロッパで珍しがられ、それを内心喜んだことがあります。まったく愚かなことでした。)

 

I believe it is a lowly act to try and discover things others have which we ourselves do not – even if it is only to admire them. Why? Because it is always, without fail, caused by the budding desire of us, too, to possess these things. It is the same as drooling enviously over the sight of the family next door’s dinner table. It is disgraceful.

(他者の中に自分たちにないものを発見し、それを賞賛するだけでも、私は卑しい行為だと思います。なぜならそこには必ず、「自分たちもそれを所有したい」という欲求が芽生えるからです。「隣の家の食卓を覗いてヨダレを垂らす」のと同じ、恥ずべき行為です。)

 

Surely it must be time to stop calling someone “Oriental”, or to be called “Oriental” ourselves. It must be time to stop such worthless trivialities. Let’s throw away this mindset of thinking of others as curiosities. Let’s be nothing but deeply, earnestly absorbed in being only ourselves.

(もう誰かを「オリエンタル」と呼んだり、誰かに「オリエンタル」と呼ばれたりーーそんなくだらないことはやめようじゃないですか。他人を珍しがる心を捨て、ひたすら自分自身を濃くしていくことだけに専念すればいいのです。)

―――――――――――

So now let us all, once again, isolate ourselves from each other. This is a metaphor from another country so I do not really wish to use it, but… let us return to when “The Tower of Babel” ceased being built, and then – let time be frozen. Otherwise – there can be no other means to save mankind.

(さあ、再び、お互いに、孤立しましょう。…この比喩はよその国のものだから本当は使いたくないのですが…「バベルの塔」の建設をやめたあの時に戻り、時を止めましょう。それしかもう、人類を救う手立ては残っていません!)

―――――――――――

Speaking of “The Tower of Babel”… there is one thought which I would like to leave you all with.

At this moment, I am extremely uncomfortable. Do you know why?….

(「バベルの塔」と言えば……ここでみなさんに申し上げておきたいことがあります。私は今、非常に不快であります。なぜだか分かりますか?……)

 

Because I am speaking in English! Through its blood-stained history, it has won its place as “international language” – the language of the filthy invades!

(英語を喋っているからです!血塗られた歴史によって「国際語」の座を強引に奪い取った、この汚らわしい侵略者の言葉を!)

 

Do you see? I speak to you as a man who has climbed to the top of his country; who has reached the peak of excellence within a billion people… and now, as that man, I give to you the most important speech in the history of the world.

But because of these unfamiliar English words, my speech gives the impression of the stupidity of a kindergarten child! What injustice is this!

(いいですか?私は一国のトップに上り詰めた男です。一億人の中で最も優れた人間ということです。その男が「世界史上最も重要なスピーチ」を今、しています。しかし慣れない英語なので、その与える印象は、幼稚園児以下の愚鈍なものになっているでしょう。これは何と不平等なことでしょうか!)

 

From the beginning, the idea of “internationality” or “universality”…

(そもそも国際性とか普遍性というものは……)

 

 

(日本語で)ああチクショウ!!!!

ア、ア…アズ・ユー・ノウ?……アズ・ユー・シー、……

アイム・ジャスト・リーディング・ペーパー!

(紙の束を示して投げ捨てる。以下日本語)

もぅやってらんねえよ!!

かったりー。伝わんなくたっていーんだよ、これがホントのバベルってもんだろーがよ!!

いいか、よく聞け。俺はなぁ、とにかく世界に平和になってもらいてえんだよ!

ただそれだけなんだよ!

俺の尊敬する吉田松陰の辞世の句になあ、

「かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂」ってのがあってな……

(途中で映像が強制的に中断)

表現のこれから

ハフポスト日本版は「 #表現のこれから 」という特集を通じて、ニュース記事、アート、広告、SNSなど「表現すること」の素晴らしさや難しさ、ネット時代の言論について考えています。記事一覧はこちらです。

Source: ハフポスト