家族は「わかり合えない」それでも、隣にいることができる。漫画『コスモス』が描くもの

子どもの頃、大人はもっと「大人」だと思っていたし、父親は「お父さん」で、母親は「お母さん」でしかなかった。

でも、実際には、30年と少しの齢を重ねて、一児の母になった私は今でも、迷って揺れて、完璧ではない、未熟な自分のまま。もちろん何かを失って何かを得て、変わってはいるのだけれど、あの頃想像していた「大人」や「お母さん」とは少し違う気がする。

子ども時代に見えていた「大人」も「お母さん」もある種の“幻想”だったのかもしれない。当時の私は、大人のことも、父と母のことも、よく知らなかった(今でもよくわからない)。

漫画家・光用千春さんが描く『コスモス』を読んだ時、子どもの頃の気持ちをほんのり思い出すと同時に、子どもを「子ども」として見てしまいそうになる自分にハッとした。

『コスモス』の主人公・花さんは、ある日お母さんが家を出て行き、お父さんとのふたり暮らしが始まる小学生。日々の営みのなかで、考えを巡らせて、「大人だって間違う」ことや「好き嫌いがある」ことに気づき、戸惑いながらも受け止めていく。

物語の中では、子ども、お父さん、お母さんが、「一人の人間」同士、「わかり合えない家族」として描かれている。

”つながりって呪いみたいだね 

でもどうしようもない

幸せであってほしいって気持ちがわきでて 

とまらないのもほんとなんだから”

シンプルで穏やかなタッチのイラストに、心にすっと染み込んでくる言葉たち。

この物語は、どんな人が描いているのだろう?  なぜ今、少しずつ分かり合えない「家族」を描いたのだろう?  光用千春さんに会いに行った。

 

「父親のことを知らない」が描くはじまりだった

ーーどうして今、「コスモス」を描こうと思ったのですか?

そもそも、自分がマンガを描くとは思っていませんでした。絵を描くことは幼い頃から好きでしたが、本格的に描きはじめたのは美大に入ってからです。姉が美大に通っていて楽しそうだったので、私も行こうと思って。

美大でデザインの授業を受けるよりも、絵だけを描いているのがしっくりきたので、卒業後も絵を描いていけたらいいなと思っていました。

ーー大学卒業後はイラストレーターになったんですよね。

はい。イラストレーターと言っても、すぐに仕事があるわけではないので、卒業後、描いた絵を持って出版社を回っていました。そのご縁で、ナナロク社でアルバイトを始めたんですね。週1回だけ、コピーやスキャンをするバイトです。

ーー「コスモス」を描きはじめたのは、何かきっかけがあったんでしょうか?

ナナロク社で、警察関連の本が出版されて、私の父親が警察官なので、プレゼントしようと思って購入したんです。そしたら、「父親が警察官って設定が面白いから、マンガを描いてみたら?」と言われて。

いざ、ペンを握って描こうと思ったら、何も描けない。私、父親のことを何も知らないなと思ったんです。知らないことを知らないまま描いて生まれたのが『コスモス』なんです。

人間は分かり合えないから、面白い

ーー『コスモス』では、“お父さんを知らない”花さんが、一人の人間として描かれているのが印象的でした。つまり、子どもが“子ども扱い”されていない。

その点はすごく意識しました。子どもを子どもとしてではなく、一人の人間として、一人称で描きたいと思ったんです。

子どもは守ってあげなければいけない存在ではあるけれど、子どもを“子ども”にしているのは、周りの環境だと思っていて。子どもだからって、バカにしちゃいけない。

ーー花さんは、自分の芯がしっかりありますよね。9歳のクラスメイトたちもそれぞれ葛藤しながら表層的ではない個性を放っている。それぞれの胸のうちと発する言葉、受け止められ方がどこか“ちぐはぐ”で、「わかり合えていない」のも愛おしいなと思いました。

すれ違う感じが好きですね。人間はわかり合うことがゴールではないと思うんです。

むしろ、わかり合えないからいい。

家族も、友達も、恋人も、わかり合えない大前提があっても、隣にいる。だから、揉め事も起きるし、だから、ものすごく大切に思う。わかり合えないことは、人間の魅力だと思っています。

ーー光用さんご自身に、人はわかり合えないと思うようになった経験があったのでしょうか?

具体的な体験があったわけではないんですが、日常生活の中で、よくそう感じています。たとえば、美大の友だちとは絵や創作についての話は共通言語だけれど、アルバイト先では通じない。その通じなさが面白くてたまらないんです。

 

不安や焦燥、寂しさが描く原動力になる

ーー花さんのモデルは、光用さんの子ども時代なのでしょうか?

いや、物語として描いたので私の経験には紐づいていません。枠外から、花さんとお父さんのことを観察して、彼らはこの場面でどう振る舞うだろうと考えながら描いている感じです。

ーーなるほど。光用さんは、どんな子どもだったんですか?

私自身は、花さんのように物事を深く考えるタイプの子どもではなかったと思います。小心者で、いつも「世界」にビビっていました。

世界は、自分の味方でも敵でもないから、何もかも思い通りにならない。だから、これから生きていかなければならないことに、畏れおののいていました。

ーー それは、なぜでしょう?

 なんでしょう。祖父母と父母と叔母、四人きょうだいで暮らす大家族で育ってきたんですが、3番目の私はおばあちゃんっ子で。祖母が口癖のように「はあ、生きるって大変だ」と言っていたんです。だから、大人は、生きることは、大変なんだなと思っていましたね。 

ーー実際に大人になってみて、どうですか?

思い自体は変わらないですね。今でも世界が怖い。私は日常を綱渡りしている感覚があるので、なんでみんなちゃんと人間として生きていけるんだろう? って不思議に思っています。

私にとってマンガを描くことは、世界に対する復讐なんです。

ーー世界に対する復讐……? それが描く動機ですか?

はい。子どもの頃は、ただ世界にぶん殴られるだけだったんですけど、大人になって、絵やマンガを描いて、物語をつくって、人に見せることで「世界このヤロー!」って殴り返すことができるようになった。

ーー世界というのは、将来に対する不安とか、生きることに対する畏れとか、そういったものでしょうか?

そうですね。子どもの頃から今もずっと感じている、不安や焦燥や寂しさのようなもの。

こういった感情は子どもの頃は敵でしかなかったけれど、絵や字、物語を描けるようになってからは、敵ではありつつも描く動機や原動力になっていますね。寂しさや恐怖を感じると、描きたくなる。

 

ままならない世界に対峙するために、マンガを描く

ーー今、描きたい「世界」はありますか?

怖い話を描いてみたい。自分のなかにある「怖い」という感情に興味があります。「怖い」という感情を掘り下げて、ふさわしい言葉を探して、絵を描いて、物語にする。

マンガを描くことで、「怖い」を克服することはできないけれど、人間としていい味出してるね、と受け止めることができる気がします。

ーー光用さんが描く怖い話、読んでみたいです。ぜひ、世界に投げつけてください。

はい。世の中にはどうにもならないルールがあって、いつだって自分は無力なんだという諦めはあるけれど、せっかく生きているんだから、マンガを描きたい。

わからないことも、わからないままに。

自己満足かもしれないけれど、私にとって、マンガを描くことは、ままならない世界に対峙していく術なので。

………

 人間はわかり合えないからいいーー。

その言葉を発したときの光用さんは、少し前のめりで頬が緩んでいた。

私は今でも父親と母親のことをよく知らない。自分が親になってみて、父と母が親である前に「一人の人間」であるということは腑に落ちている。私自身が、子どもには見せない、お母さんじゃない側面があるから。

同じように、我が子も「子ども」ではなく「一人の人間」だ。これからきっと、私たち家族以外の人たちと出会って、経験して、思考して、親には見せない「自分」を育んでいくのだろう。

たとえ家族であっても、一人の人間同士だから、すべてをわかり合えない。でも、愛おしさや煩わしさを感じながらも、隣にいることができる。

光用さんが描く『コスモス』は、そんなやわらかな気づきを心にそっと差し込んでくれる作品だ。 

『コスモス』光用千春(イーストプレス)発売中。

(取材・文:徳瑠里香 編集:笹川かおり)

Source: ハフポスト