北澤豪さん「ブラインドサッカーのピッチに、僕らが目指す共生社会がある」

あなたは〝ブラサカ〟をご存知だろうか?

ブラサカとはブラインドサッカーの略で、視覚障がい者スポーツのこと。障がいのレベルが個々で異なるため、フィールドの4人はアイマスクを着用し、鈴の入ったボールを追いかける。

私は、先日品川で行われたワールドグランプリをたまたま観たのだが、一見で魅了されてしまった。「これは取材したい」といてもたってもいられず、障がい者サッカー連盟なるサイトを調べると、そこの会長さんが何とあのキーちゃんこと北澤豪さんであることが判明。ということで、北澤豪さんにブラサカと障がい者スポーツの「いろは」を聞いてきた。  

 「見えなくても、あそこまでのプレーができる」

――こないだ行われたブラサカのワールドGP、観に行きました! 4歳のウチの子ども連れて、いつも行ってる近所の公園に行ったんですよ。そうしたら隣りで〝ブラサカ〟なるものをやってて、何じゃそりゃ? って。でもまあ時間を持て余していたので観たら、これがまあ面白かった!

そう言ってもらえるのが一番嬉しいね。障がい者云々という理屈抜きにね。

――率直に、北澤さんの思うブラサカの魅力とは?

そもそも、見えないのにあそこまでのプレーができるのが凄いなと。だって我々は、情報の8割を目からキャッチしているといわれている。じゃあ僕の今までのサッカー経験のなかで、目が見えなかったらどうすりゃいいの? って。まずムリです。それを彼らは実現させているんですから。

――本当に思ったのが「見えてるだろ?」って(笑)。そのぐらいパスがきれいに通ってました。

俺もそれ、よく思う(笑)。ブラジル代表にリカルドって選手がいるんだけど、彼は見えてるね(笑)。そう思えるほど、ドリブルで抜いてくから。でも俺も相当努力したけど、その100倍は努力しないとああはならないと思うけどね。

――選手は本当に凄い。

彼らは「耳で見ろ」と言うからね。耳でプレーを合わせているんですよ。集中し耳を研ぎ澄ませていくと、頭のなかで画が浮かぶそうなんです。逆にいうとそれができなければ、狙いが定まらないわけで。

ワールドグランプリ位決定戦・日本-スペイン。後半、シュートを放つ日本代表の佐々木ロベルト泉(右、Avanzareつくば)=24日、東京・品川区立天王洲公園

 ブラサカのピッチは「助け合う社会」

――障がい者と健常者がミックスされている点も、ブラサカの特徴的なところですよね。

もちろん彼らは見えないから、見える人が協力してるって側面もある。競技のルールとしてね。例えばキーパーは健常者で、目が見えてる。ゴールの後ろには〝コーラー〟という人がいて、ゴールの位置や角度を伝える。だから競技の面白さと同時に、社会の協力体制みたいなものがブラサカのピッチにはあるんですよ。「じゃあ、見えてる人が協力すればいいんじゃない?」って。

――みんなでやればできるんだから、みんなでやろうよ、って。

そうそう、共生社会だよね。我々が目指すべき姿が、ブラサカのピッチのなかにあるというか。障がい者だけでやってるわけじゃない、ってとこがいいよね。

――フリーキックのときゴールをコンコン叩いて、位置を知らせたりとか。

左右のポストを叩いてね。それで「ゴールまで右45度ですよ、何メーターですよ、相手はどこにいますよ」ってコーラーが知らせる。でもそう言われて、すぐに頭に描けるから凄いよね(笑)。 

――あと、予想以上に当たりが強くて驚きました。

年々、激しくなってるね。

――目が見えて「来る」とわかるタックルは、衝撃も痛さも想像できます。しかし彼らは暗闇のなか、突如タックルされるわけで。その恐怖心や痛さは、相当なものだと思うのですが……。

予想外のものって痛いし、怖いし、引きずるじゃないですか? でも彼らは引きずらないもんね。だからメンタリティーも相当ですよ。へこんでられない、というか。というのも障がい者の人たちって、事故や何かで障害を負ったときって相当へこんだと思うんだよね。

――なるほど……。

だからブラサカという競技自体が、障がい者への励ましにもなると思うんだ。例えばイベントで、後天的に目が見えなくなる病気を抱えた子を、連れて来た親御さんがいて。それで「目が見えなくなっても、こんなスポーツだってできるんだよ」って子どもを励ましてるんですよ。それでも子どもはまだしょげてるんだけど、試合を観ているうちに目がキラキラしていくのがわかるの。だから障がい者への影響力も大きいんですよ。 

北澤豪さん

企業も参考にする、ブラインドの人のコミュ力

――その子にとってブラサカの選手が、リアルヒーローになってくれるといいですね。

本当、そうだね。あとブラインドの人たちって、企業に『コミュニケーション』について教えに行ったりしてますからね。そういうプログラムがいま、2年待ちなんだってよ。

――へーっ!!

彼らが本当に言葉の使い方が上手だから。 

――あ、そうか。「パス、こっち、こっち!」が使えないんですもんね。

そう、「コレがアレで」みたいの、ないから! ちゃんとみんなが同じ絵を描けるように言葉を使って説明できるから。だから彼らは自分たちの弱みを、強みに変えたんですよ。

――人として一番強いですね。

そう。だから待って支援を受けよう、なんて思ってないわけ。出ていって、目が見えないにもかかわらず「こういうことができるんだぜ!」って、自分からアクションかけてるんだよね。

――かっこいいです。

あとさあ、男子も凄いんだけど、女子も凄いんだよ! 高校生の菊島宙(きくしま・そら)ちゃんって子がいるんだけど、この子は世界ナンバーワン! ヤバイって、ほんとに!

――澤穂希レベルですか?

いや、それ以上! この前女子の世界大会があって、日本が優勝したの。だから日本女子代表は、いま世界1位なの。そのときの得点王が宙ちゃん!

――それ全然知りませんでした!!

ブラサカの場合、ボールが離れるとボールの行き先がわからなくなるから、足元でドリブルするんですよ。でも宙ちゃんは自分からポンと押し出すの。つまりボールが自分から離れる。それでも正確で強いシュートが打てるんだよ。あと転がってきたクロスボールを、宙ちゃんはブワー走ってきてダイレクトでドーン!と蹴るから、シュートもズバーン!と決まるの。それこそ「見えてんだろ!?」っていう(笑)。彼女はねえ、もう日本の宝。いや、世界の宝! 

ブラインドサッカー/ゴール位置を伝えるガイド

「競技を観る側も変わらなきゃ」

――北澤さんの言葉の端々に、選手に対してのリスペクトを強く感じます。

本当に彼ら・彼女らはアスリートだよね。だから障がいどうこうじゃなく、マインドは一緒ですよ。 

――やはり障がい者の方と健常者の間には、目に見えない壁というものがあるのかもしれない。でもそれを簡単に取っ払ってくれるのが、スポーツなんだと。ブラサカの試合を観て、そう強く感じました。

観る側が変わんなきゃいけないのは、競技という上辺だけでなく、彼らのマインドを見てほしい。例えば凄いチームでも、何となく手を抜いてたら感動しないでしょ? でもブラサカをはじめ障がい者スポーツの選手は、自分のすべてを思い切ってぶつけてくる。そこに勝った負けた関係なしに拍手を送るわけじゃないですか? それがスポーツだと感じてくれると、観てて「凄えな」ってなると思いますね。

――プレー中は、彼らが障がい者であることを忘れますもんね。プレーが熱すぎて。でもボールが止まって鈴が鳴り止むと、一斉に足が止まってボールを探し出す。その瞬間、「やっぱり見えてないんだ」と思い出したり。

あとピッチの外に出るとき、人の肩に弱々しくつかまっていたりね。さっきのタックルの勢いはどこいったんだ? って思うよね(笑)。そういったギャップというか、選手の凄さと社会の問題点、それらをスポーツを通して考えてもらえれば嬉しいですね。 

全日本空輸(ANA)の「東京2020パラリンピック競技大会開催『2年前』イベント」に出席した、漫談家の濱田祐太郎さん(中央)とサッカー元日本代表で日本障がい者サッカー連盟会長の北沢豪さん(同右)。ブラインドサッカーに挑戦した(東京都)

「スポーツは、限られた人がやることじゃない」

――競技を観る以外に、僕らはどうやって参加すればいいのでしょう?

特に若い世代が、ボランティアとして参加してくれてますね。すると目の見えない人たちに対し、どう対応すればいいか考えるようになる。すると帰り道、「この道じゃ、目の見えない人は歩けない」「信号渡れない」「この駅ヤバイな」って、気づきはじめるみたいなんだよ。だから参加することによって、はじめてその立場になって考えることができる。そういった機会がないかぎり、変わっていかないと思いますね。だってさ、「ここバリアフリーにしようぜ」って言ったって、わかんないじゃん。

――僕ら健常者が、障がい者の方とよりハッピーな関係を築くためには、そのような参加も……

「健常」「障がい」って言うけどさ。いや、キミにだってあり得るよ? 急に病気になって車いすになることだって、あした事故にあって足を失うことだって。だから「健常」「障がい」という分け方がダメなんだよ。「誰もが」という視点で見ないと。

――自分は、差別区別がない人間だと思っていたんですが……

いや、まだ「健常」「障がい」で分けてるんだよ。そうじゃなく「誰もが」なんだ。スポーツってね、限られた人間がやることじゃないんだ。誰もができるのが、スポーツ。だから国籍がない人でも障がいをもった人でも、当たり前に楽しめるものじゃないとダメなんだ。じゃあいま、フィットネスクラブ行ったとき、障がい者の人、自由に使ってる?

――見たことないですね。

だよね? そこも当たり前に使えるようにならないと。そういうのも「分けて」考えてるからなんだよ。

――「誰もが」。肝に銘じます。それにしても2020パラ、楽しみですね!

楽しみだね~。今日言ったことの、スタートになってもらいたいよね。障がいが当たり前に受け入れられる社会になってほしい。そうじゃなければ、本当の意味でパラが盛り上がることにはならないから。あといろんな国から選手が来るんだから、人種差別問題を考えるスタートになってほしいよね。全部同じ問題だと思うんだ、「誰もが」という視点で考えればね。 

北澤豪さん

Source: ハフポスト