芸人とホストは「似ている」。 複雑な階級社会で、“自分の幸せ”を見出す方法を考えてみた。

「ホストクラブとお笑いの世界がこんなに似ていると思いませんでした」と語るのは、”本好き”で知られるカリスマホストの手塚マキさんだ。

彼が紹介したのは、お笑いコンビ『ピース』の又吉直樹さんが芥川賞を受賞した小説『火花』。

ホストと芸人ーー。どちらも「超複雑な階級社会」だというが、中で切磋琢磨する人たちは、どのように自分なりの幸せや生きがいを見出しているのだろうか?手塚さんに話を聞いてみた。

お笑い芸人とホストは似ている?

お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹さんが芥川賞を受賞した作品『火花』。もう4年以上前のことなんですね。

本物のお笑い芸人が、お笑い芸人を描いたとあってリアリティがあり、僕たち一般人が普段垣間見ることのない芸人世界の裏側をのぞき見するような独特の高揚感がありました。「笑いを取りたい!売れたい!」と必死にもがく彼らの姿は、日々、売上ランキングに翻弄されながらも、オリジナリティを模索している若いホストたちにとっても、救われる部分があるだろうと思います。

物語の「語り部」である徳永は、「スパークス」というお笑いコンビを組んでいます。売れるためには、自分たちの信じるお笑いをひたむきに続けるだけじゃダメ。世間から求められているネタは何か? 逆に、時流を読むと避けた方がいい話題は何か?と、常に世の中の目を意識しながら試行錯誤を続けます。

徳永をはじめとするお笑い芸人たちが気にしないといけないのは、”お茶の間”だけではありません。事務所の関係者や、テレビ局のスタッフとうまく付き合い、「使い勝手の良い奴」と思われなくてはならない。物語では、迷いながらも「賞レース」や「ひな壇番組」に食らいつき、スターへの階段をなんとか上ろうとする徳永の様子が描かれます。

僕はこれまで、お笑いってあまり興味がなかったのですが、『火花』を読んで、ホストの世界とお笑いの世界ってすごく似てるなぁと親近感を覚えました。

例えば、同業者同士で毎晩飲みに行ってつるんで、延々と仕事の話をしているなんて、ホストも全く一緒です。ポーンと一気に売れ出すポイントは、業界内の評判なんて全く関係ない外の世界の評価や事情だったりするところも似ています。

そういう複雑な世界の中で、日々もがきながら働いているんですよね。

もしかしたら、『火花』の中で描かれている徳永の葛藤って、お笑い芸人やホストだけじゃなくて、一生懸命働いている人たちなら、みんなが共感するものかもしれません。

 「死ね! 」で伝わる真実があるのが、現実社会の救いではないか。

徳永は、「スパークス」というお笑いコンビを組んでいましたが、物語の終盤で芸人を辞めてしまいます。10年間、必死に活動してきましたが、相方の彼女が妊娠したことをきっかけにコンビを解散し引退するんです。

「僕は小さな頃から漫才師になりたかった」と言っていますが、そこまで強い「夢」だった感じも伝わらなくて、逆にリアリティがあるんですよね。生きるってそれくらい曖昧なものだと思うんです。自分の奥底にあるホンネと行動がちぐはぐなまま、何となく日々を乗り切る、それが真実ですよね。

徳永は引退を前にした最後の漫才で、「思っていることの逆のことを言う」というボケを連発するネタを披露します。

「感傷に流され過ぎて、思ってることを上手く伝えられへん時ってあるやん?」「だから、あえて反対のことを言うと宣言した上で、思っていることと逆のことを全力で言うと、明確に想いが伝わるんちゃうかなと思うねん」

そう前置きをしてはじまる徳永のボケ。

「お前は、ほんまに漫才が上手いな!」「彼女がブス!」「この十年間、ほんまに楽しくなかったわ! 世界で俺が一番不幸やわ!」

言いたいことを全部逆の意味の言葉にして、相方への愛やお客さんへの感謝を伝えるんですね(説明するのは野暮なんですが)。 

「僕は、この十年を糧に生きません。だから、どうか皆様も適当に死ね!」そして、「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」と叫び散らかし、スパークスは10年の歴史に幕を下ろします。

お客さんも相方もボロボロに泣きながら、でも笑っている。喜んでいる。思っていることを伝えるために逆さ言葉にする。ふざけながら、泣いてる。この漫才こそ、ホンネと行動が必ずしも一致しない人間の業みたいなものをうまく描いていて、思わずじーんとしてしまいました。

この本のタイトル『火花』もそうですよね。「花火」じゃなくて『火花』。「花火」の逆さ言葉である『火花』がタイトルになっていることによって、神谷や徳永のお笑い芸人としての一瞬のきらめきと焦燥が、より生々しく僕の心に届いてきました。

気持ちなんて、思い通りに伝わるはずない。

考えてみれば、人っていつもいつもストレートに感情を言葉にできるわけじゃありません。

モヤモヤした気持ちをどう言葉にしたらいいかわからないけれど、何とか伝えたい。そうやってひねり出された表現にこそ、真実があるんじゃないかな、と思いました。

その逆もしかり。SNS上で、短い言葉が「炎上」などしているのを見かけますが、自分の発しているメッセージが、相手にどう届くかをコントロールできると思っているところに落とし穴があるような気がします。

ホストがお客様に接するときにも、その点には細心の注意を払います。

例えばホストクラブのお客様が、家庭や恋愛、仕事のことなど、何か悩みを抱えながら来店してくださったとしても、僕たちはその問題を真っ向から解決しようと乗り出すことはありません。良かれと思ったアドバイスが、その通りに相手に届くことの方が少ない、と経験則でわかっています。むしろ全然関係ない話で会話に花を咲かせて、いい時間を過ごしていただく、これが全てです。

余談ですが、ホストとお客様の会話の9割は、ホスト側の人生相談です。「先輩と喧嘩しちゃって…」「誕生日パーティのイベントをどう設計したらよいか」など、実はホストが自分のリアルな悩みをさらけ出しているというのが、実際にテーブルで起きている会話なんです。心を開いてもらいたいなら、まずは自分から。わかり合うことはできなくても、歩み寄ることはできますからね。

「夫でも息子でも彼氏でもないけれど、一番大事なのよね」。

『火花』を読み終わったあと、ふいに、とある夜のことを思い出しました。部下のホストのヘルプとして、お客様のテーブルについた時のことです。そのお客様は彼の常連さんで、月に何度か、お一人で立ち寄って下さったんです。たまたま部下が席をたって、僕と彼女が二人きりになった時に、彼女が一言、ボソッと僕の部下についてこう言ったんです。「夫でも息子でも彼氏でもないけれど、一番大事なのよね」。

彼女は当時40代くらいだったと思います。すごく派手にお金を使うわけではないけれど、優しくて頭がキレる、元気な人でした。何の脈絡もなく、そう呟いて、ご自身でも「でもそれって何でだろうなあ」なんて首を傾げてらっしゃいました。僕に話すでもなく、まるっきり独り言という感じでもなく。

僕はすごく嬉しくて、今でもそのシーンをリアルに覚えています。どんなに高いシャンパンより、バースデープレゼントよりありがたい言葉です。自分が育ててきた部下が、お客様にとって、かけがえのない存在になっている。そしてそのことを部下に直接お伝えするわけでもなく、アクシデント的に僕が耳にする。こんな小さなラッキーが人生に舞い込んでくれたことに、幸せを感じました。 

人生の幸せというのは、これ以上でもなければこれ以下でもない。他人にとっては何でもない情景が、自分にとっては宝になる。

神谷と徳永というおっさん二人が見た、何年かぶりの花火の美しさも、そういった類のものだったんだと思います。

 

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本記事は、手塚マキさんの新刊『裏・読書』の3章「本音なんてどうせ伝わらない。諦めの中に、どんな希望を見出すのか。」を再編集したものです。

手塚マキさんが名著を独自の見方で読み解いた新刊『裏・読書』が4月20日、「ハフポストブックス」から刊行されました。全国の書店、ネット書店で販売されています。

Source: ハフポスト