「ヤレる」ランキングと、「#MeToo」のその後について

政治家によるジェンダー差別発言に関するネット投票の結果が、9日に発表された。

2018年のワースト1位に選ばれたのは、財務事務次官の一連のセクハラ問題で「何がセクハラか」さっぱりわかっていないことを露呈しまくった麻生太郎氏。2位は「生産性」という言葉が大きな批判を浴びた杉田水脈氏。そうして19年も始まったばかりだというのに、またしても「#MeToo」案件と呼びたくなることが続々と起きている。

まずは「週刊SPA!」の「ヤレる女子大生ランキング」。これに対しては「女性を軽視した出版を取り下げて謝ってください」という署名が多く集まり、SPA!は謝罪。また、NGT48のメンバーが暴行を受けたにもかかわらず、その後被害者である本人が謝罪するという展開があったわけだが、これに対して、スタッフ側に批判の声が大きく上がっている。

時代は変わったのだとつくづく思ったのは、SPA!の企画にすぐに「おかしい」と女性側から声が上がり、数日で数万人の署名が集まり、また名前を掲載された大学すべてが編集部に抗議し、SPA!が謝罪したことだ。

女子大生に限らず、「ヤレる」企画的なものはもうずーっと前からあって、私自身、その存在に当然抵抗は感じていたものの、どこかで麻痺している自分もいた。だからこそ、そういうものに対して正面から「抗議すべきだ」という意識が完全に欠けていた。なぜなら、そのような抗議をすればそのこと自体が「ネタ」として笑われると思っていたからである。抗議してきた女性の容姿や年齢などについて貶めるような記事が出るだけなのだろう、と思っていたからである。それはまだマシな方で、例えば抗議してきたのが若い女性であれば、「脱げますか?」「水着で撮影できますか?」などの言葉を浴びせられる、みたいな流れが私の知る「ヤレる」ランキング企画があるような雑誌の姿だったからである。

何をしても、無理。逆に声など上げればもっともっと傷つけられる。それが40代の私の「常識」で、しかし、若い世代は自分の「嫌だ」という気持ちを麻痺させずにちゃんと怒りを表明し、連帯して現実を変えた。「謝罪」を勝ち取った。そのまっすぐさに、拍手を送りたくなるような清々しさを感じた。同時に、時代は変わりつつあるのだ、と胸が熱くなった。

さて、そんな19年の始まりだが、年末には衝撃的な報道があった。

それはジャーナリスト・広河隆一氏の件。週刊文春の「世界的人権派ジャーナリストの性暴力を告発する」と題された記事に、ただただ戦慄し、怒りを覚え、女性たちの受けた傷を思って目の前が暗くなった。

私は広河氏と面識はほとんどない。一度くらい、何かの集会で挨拶した程度だと思う。が、その功績は当然広く知られているので「すごい人」「業界の有名人」という認識をもっていた。「DAYS JAPAN」には10年ほど前に一度だけ自殺についての原稿を書いたことがあり、その原稿依頼が編集部から来た時は、「あのDAYS JAPANに原稿が掲載されるのか」としみじみ嬉しかったものである。その広河氏の加害行為の数々。そんな文春の記事で何よりも戦慄したのは、ハラスメントのなんたるかをまったく理解していない以下の広河氏の発言である。

「(女性たちは)僕に魅力を感じたり憧れたりしたのであって、僕は職を利用したつもりはない」

力を持つ者は、時に自分の力にあまりにも無頓着で無自覚である。この言葉は、ある意味であらゆるハラスメント加害者の言い分を象徴している。広河氏のしたことは、あまりにも悪質だ。その一方で、私は時に加害者側からびっくりするほどの「無知」を感じることがある。彼らはおそらく、本当に本気で、ハラスメントがなんたるかを知らないのだ。この国で力を持つ男性の一部は、本気で何がハラスメントか、そこからまったくわかっていないようなのである。

思えば、告発されてきたのは、圧倒的な「力」を持つ人々だった。ハリウッドのワイスタイン氏から始まって、日本でも写真家のアラーキーやTOKIOの山口達也氏などの圧倒的な有名人、また早稲田大学教授という立場がある人や、町長や市長といった権限がある人などが告発されてきた。そんな人々の言い訳などを聞いていると、「本気でわかっていないんだな」と思うことが多々ある。

一方で、告発された、という記事などが出るたびに、思う。

もし、告発されたのが、自分の親しい友人だったら。父親だったら。自分の兄や弟だったら。

そしてもし、自分だったら。

仕事をはじめとするすべてを失い、友人知人もみんな離れていってしまったら。そう思うと、頭によぎるのは「自殺」という言葉だ。実際、韓国では、告発された男性の中から自殺者も出ている。そんなふうに、告発された側が失脚し、仕事や家庭などを失うという「社会的制裁」を受けるのを見るたびに、言いようのないもやもやを感じてきた。

何よりも、被害者へのケアがもっとも重要であることは間違いない。場合によっては加害者への刑事罰の問題も出てくるだろう。しかし同時に思うのは、再発防止のためにも、加害者は加害者プログラムなどを受けてほしいということだ。例えばワインスタイン氏は、セックス依存症などの治療をするリハビリ施設に入ったという。告発される中には、そのような依存症の人もいるだろう。性暴力加害者更生プログラムもある。一方で、普段から罵声や罵倒で人を萎縮させているDV的な加害者もいる。そんな人には、DV加害者プログラムがいいのではないか。

「俺はDVなんかしていない!」と言う人もいるかもしれない。が、DV加害者プログラムで人がどのように自らを振り返っていくかなどを読んでいくと、「このような考え方だったから被害が起きていたのだ」ということが驚くほどよくわかる。それは、すべてのハラスメントに通じることだと思うのだ。そうして「無知」ゆえに加害者になっていた人が一人でも多く変わっていけば、もしかしたら、社会は少しずつ、変わっていくかもしれない。そうしていつか、本当に「変わった」人々の言葉を、できることなら聞いてみたい。

昨年末の報道を受けて、そんなことを考えている。

Source: ハフポスト