なぜバヌアツでは、養子をもらうことがより簡単なのか。「シェア」の文化が生み出した子育て事情

太平洋にある人口27万人の小さな国・バヌアツを知っていますか。日本ではまだまだ馴染みのない国です。私はその国のクリニックで保健師として2年間働きました。そこで出会った患者さんのストーリーは、日本の常識からはみ出るようなことばかりでした。でも、恋愛をして、結婚して、家族が出来て、という過程は国が違っても、根本は同じです。

全10回の連載で、バヌアツのディープな性事情を紹介しながら、そこから見える日本の性や生きることを皆さんと考えていきたいと思っています。

大洋州の文化を一言で表すとしたら、私は「シェアの文化」と表現します。

バヌアツで生活し始めた当初は、予想以上のホームシックにかられました。そんな時に、寂しさを忘れさせてくれたのはバヌアツ人の懐深い「シェア」する気持ちでした。

子どもも「シェア」をする例外ではありません。

子供をシェアするってどういうこと?と疑問に思いますよね。

当然だと思います。「養子をもらう」という概念がバヌアツと日本では全く違うのです。

2人は双子ですが、同じ村で実母と養母それぞれ違う親に育てられています。

日本では、養子をもらうということはとても重大な決断だと思います。

一方、バヌアツでは養子をもらうにあたって日本ほどの特別な法律の整備もされていません。「育てられる人が育てればいい」という、とても大雑把だけども、大らかで懐深い文化だなぁと思います。

そして、養子をもらうのはバヌアツ人だけではありません。オーストラリア、ニュージーランド、フランスなどの外国籍の人もバヌアツ人の赤ちゃんを養子としてもらい、自分の国で育てています。

では、養子をもらうにはどうするのか。それには3つのパターンがあります。

パターン①外国籍の両親に引き取られる場合

国立の中央病院には養子受入のための順番待ちのリストがあるそうです。出産を終えた母親や家族が「自分たちで育てられない」または「出産だけして逃げてしまい両親が分からない」ということになると、順番待ちのリストから、養子受け入れの意思を順番待ちの白人たちに確認するのだそうです。

同意が得られれば、法的な手続きを経て、自分たちの国へ養子として連れて帰ることが出来ます。実の両親が、引き取り手の方へ直接子どもを受け渡すこともあるので、その場合は養子を受け入れる側が少しのプレゼントやお金を手渡すそう。

パターン②血縁関係以外のバヌアツ人の間で引き取る場合

血縁関係以外で子どもを養子に出す時は、家庭裁判所での手続きが必要です。実親、引取り側の親、引き取られる子どもが集まり、実親が「子どもを養子にだす」ということを誓約し、契約書にサインする。子どもが生まれて数ヶ月で引き取られることが多く、実親と引き取る側で簡単な儀式を行うこともあるそう。儀式の内容としては、引き取り側の親が実親にアイランドマットや布、お米などと一緒に金銭を多少渡すようです。

パターン③家族、親戚間で引き取られる場合

家族間での子どもの譲渡しには法的な制度は特になし。ある親戚筋で子どもが育てられないとなると、経済力のある家族に引き取られ、その家族の子どもとして育てられる。そして、家族間で養子に出された場合は子供たちも実の親と育ての親が違うということは知っているようです。 

近所に住んでいた女性医師も親戚に養子に出された経験のある方でした。「私はおじさんの家族に養子にしてもらって、医者になるまでの学費も出してもらった。実の両親とは今でも関係は続いているし、自分の子供の子守りを頼んだりするよ」と何でもないかのように話していました。

クリニックで出合った妊婦さんの話では、「一人目の子供は親戚から養子でもらった女の子。2番目は自分で産んだ女の子。今は3番目を妊娠中。1人目を養子にもらった時、自分は19歳だった。相手の親は自分より年上だけど仕事もなくて2人目の子供を育てられないって聞いた。私は仕事もあるし、お金の余裕もあるから、彼らを助けるために子供を引き取ることにしたの。」と話していました。

バヌアツ人の家族や親戚の範囲はとても広いけれども、繋がりは強い。一族の中でも仕事がある、お金があるという人は、その一族を守る責任があるのです。

家族やコミュニティの繋がりが強い分、子供が育てられない場合に陥っても、家族や親戚に引き取ってもらう又は養子に出すことが一般的なので、日本のような児童養護施設や乳児院は存在しません。

コミュニティに行くと「誰がどこの子か」なんて分からないくらい、手の空いている人が子どもをあやしている光景が印象的。

 一方で、日本の養子縁組は他の先進国と比べても一般的ではないし、その手続きも複雑です。

日本の養子制度について要点だけまとめると、、、

 ○実親と養親と2重の親子関係をもつ「普通養子縁組」と実親との親子関係を解消し養親との親子関係を結ぶ「特別養子縁組」の2通りある。

 ○日本で両親と過ごせない子供たちは約4万6000人。そのうち施設で暮らす子どもが約85%、残りの約15%が里親委託、そして養子縁組に結びつくのはわずかに1%前後。

 ○特別養子縁組には子供側も6歳までとリミットが決まっている。子供を迎える側の家庭は様々な認定基準をクリアし、最終的な受け入れまでには数百万単位でお金がかかる。

バヌアツみたいに「はい、どうぞ」で養子縁組を簡単に終わらせられないのは分かるけども、「法律の煩雑さ」で子供の育つ環境が制限されて良いものなのか。

「子どもは私たち全員のもの」と話すバヌアツ人の考え方、大らかさは、「お互いに助け合う」という道徳的な一面で養子縁組という課題を解決しているような気がします。

その背景にはどんなバヌアツ人的な考え方があるのか、ということを考えてみました。

1つ目は、「子どもを受け入れる」ことに対して、日本とバヌアツではそもそものメンタリティが違う、ということ。

「人間みんな兄弟」というキリスト教的な考えを持っている上に、生活環境がとても豊かで、お金はなくても「衣食住」に困ることがない。お互いに助け合うことが一つの文化なので、子育ての負担が母親だけに集中することもないし、産後うつや育児ノイローゼという問題も聞いたことがありません。

2つ目には、「子育て」に対する世間体とか社会的に求められていることが違うということ。

単なる私見ですが、日本の子育ては「いかに自分の子どもを他人より優秀に育てるか」そして「親は子どもに対してこれをすべきだ」ということが、日本ではたくさん在りすぎると思うのです。

「こっちに来て!」と呼ばれて行ってみると子どもたちがお花でネックレスを作っていました。

日本とは180度違う子育て観を持つバヌアツで過ごしたからこそ、親と一緒に過ごすことの出来ない約4万人の日本の子ども達が、1人でも多く「家族」を持てるような社会を日本に浸透させたい、と思うようになりました。

親子の形は、いろんな形があっていいと思うのです。

「サポート出来る余裕のある人で、みんなで一緒に子どもを守ろうよ。」って、バヌアツみたいに「社会で子どもを育てる」というマインドが日本社会で実現されるといいなぁ、と思います。

Source: ハフポスト